最高裁判所第一小法廷 平成7年(あ)437号 判決 1996年2月08日
主文
本件上告を棄却する。
理由
被告人本人の上告趣意のうち、鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律一条の四第三項及びその委任を受けた昭和五三年環境庁告示第四三号三号リの各規定の違憲をいう点は、右各規定が憲法一一条、一二条、一三条、一四条、一五条二項、四一条、七三条六号に違反するものでないことは、当裁判所の判例(最高裁昭和二四年新(れ)第四二三号同二五年一〇月一一日大法廷判決・刑集四巻一〇号二〇二九頁、最高裁昭和二七年(あ)第四五三三号同三三年七月九日大法廷判決・刑集一二巻一一号二四〇七頁、最高裁昭和五五年(行ツ)第一五号同六〇年三月二七日大法廷判決・民集三九巻二号二四七頁)の趣旨に徴して明らかであるから、所論は理由がなく、その余は、違憲をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
なお、食用とする目的で狩猟鳥獣であるマガモ又はカルガモをねらい洋弓銃(クロスボウ)で矢を射かけた行為について、矢が外れたため鳥獣を自己の実力支配内に入れられず、かつ、殺傷するに至らなくても、鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律一条の四第三項を受けた同告示三号リが禁止する弓矢を使用する方法による捕獲に当たるとした原判断は、正当である(最高裁昭和五二年(あ)第七四〇号同五三年二月三日第三小法廷決定・刑集三二巻一号二三頁、最高裁昭和五四年(あ)第三六五号同年七月三一日第三小法廷決定・刑集三三巻五号四九四頁参照)。
よって、刑訴法四〇八条により、裁判官小野幹雄の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官小野幹雄の補足意見は、次のとおりである。
私は、被告人の本件行為が、鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律一条の四第三項を受けた前記告示三号リの禁止する「弓矢を使用する方法による捕獲」に当たるとする法廷意見に賛同するものであるが、同法における「捕獲」の意義に関する私の考えを述べておくこととする。
一 同法における「捕獲」の意義については、これまでしばしば問題とされてきたところであり、下級審裁判例も分かれているが、その原因は、同法における「捕獲」の意義を一義的に解することができない点にあるものと思われる。
二 「捕獲」という用語は、一般に、「とらえること、いけどること、とりおさえること」を意味するものと理解されており、捕らえようとしたが取り逃がした場合、すなわち、その未遂形態は、これに含まれないとするのが一般的な用法であり、「捕獲」には、現実に捕らえたか否かを問わず、捕らえようとする行為自体(以下「捕獲行為」という。)を、当然に含むと解することは、その文理上困難といわなければならない。しかし、同法における「捕獲」の中には、「捕獲行為」を含むものと解さなければ不合理であって、立法の趣旨、目的に合致しないと認められる条項が存在しており、法廷意見の引用する当審判例が、同法一一条及び一五条にいう「捕獲」の意義について、捕獲行為自体による法益侵害の危険性に着目して、鳥獣を現実に自己の実力支配内に入れたか否かを問わず、捕獲しようとする方法自体が禁止されているものと判示したのは、正に、その例ということができる。そして、前記告示三号の規定も、同様であって、狩猟鳥獣の保護に悪影響を及ぼすおそれの高い特定の猟法を一般的に禁止しようとするその規制の趣旨、目的に照らせば、同号に列挙する方法による捕獲行為自体を禁止するものと解されるのである。
三 以上みてきたところから明らかなように、前記当審判例及び本判決が前記のように解するのは、いずれも、当該条項に関する限り、そのように解することが合目的的解釈として可能であるからであって、そのような解釈は、それ以外の条項が規定する「捕獲」の意義について、当然に妥当するものではない。本判決の示すところが、同法における「捕獲」すべてに妥当するものと解されるとすれば、少なくとも私の本意とするところではない。「捕獲行為」を含むと解し得ない条項について、もし、これをも含めて処罰する必要があれば、立法にまつほかはなく、規制の必要性を重視する余り、不当に拡張解釈することは厳に慎まなければならないのである。同法にいう「捕獲」には、当然に「捕獲行為」が含まれるとするかのごとき行政解釈や学説があるので、あえて付言する次第である。
(裁判長裁判官 遠藤光男 裁判官 小野幹雄 裁判官 高橋久子 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)